2015年1月22日木曜日

本日の国際情勢オチ

クルド人部隊がイスラム国に大攻勢 イラク軍の航空支援の下、5方向から攻め上げ要衝制圧

アメリカの定見のないやりかたは中東をぐちゃぐちゃにするだろう。
アメリカは地上軍の派遣をさけるために地上戦力は戦意の乏しいイラク正規軍とクルドの連中を使っていて、空爆はそいつらの要請に基いて行っているわけだが、既存の国境を超えて存在しているイスラム国を叩くために、既存の国境を超えて存在しているクルドを使うと、今後絶対にクルドが独立させろと言ってくることになる。アメリカはそれを止められない。
問題はクルドの居住地域に、実質内戦状態で中央政府の支配が崩壊しているシリアとイラクだけではなく、NATO加盟国のトルコが含まれていることで、トルコはそんなことは絶対に認めない。
アメリカ左翼の空想的平和主義に支えられたオバマの無能のせいで、中東は急速に北斗の拳の世界になりつつあるように見える。

元エリート仏軍人ら十数人、イスラム国など過激派の戦闘員に

イスラム国の広報担当「『イスラム国』は金が欲しいわけではない」

イスラム国の中の人って韓国人ですか?

最近、アメリカから戦後70周年談話で「侵略」と「植民地支配」を認めろと内政干渉を繰り返してます。日中・日韓の歴史認識問題がなかなか終結しない訳は、戦後、「捏造史観」を普及させた元締めがアメリカだからなのです。

そりゃそうだろ。邪悪な枢軸国に困難な戦いを経て打ち勝った連合国=正義の軍勢とならなければ、戦勝国の立場なんてないだろ。
こんなの戦後のリベラルの総元締めが、自分たちの安全保障を武士→大日本帝国軍→米帝と乗り換えた皇室だったということに日本の保守が目を瞑り続けているような当たり前の話。

ニューヨークの競売会社が戦犯旗デザインの作品を展示 韓国団体が抗議書簡、展示中止を要求

更なる原油安をも容認するサウジアラビアの真意

ロシアが「航空宇宙軍」を創設へ~核抑止の将来を巡り様々な思惑

韓国企業がおフランスで「ジャパニーズ・トイレ」を名乗り温水洗浄便座販売

「ジャ」じゃありません、「ザ」です。


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日のサイエンスオチ

テトラポッドの隙間に落ちてフジツボに全身切り刻まれた経験のある奴wwwwwwww恐怖のフナムシ!

↓フジツボは大きいやつは食べたらおいしいよ。わし、徳島にサーフィン行って地元の居酒屋で食べたことがある。おいしい。

【青森の魅力】料理人が変えた"海のやっかいモノ" - 隠れた高級珍味フジツボ(青森市)

あと、テトラ関係ではこれも画像的には苦手な人が多いだろうけど、亀の手もおいしい。これも徳島で味噌汁に入っているのを食べたことがある。

亀の手の調理法・おいしい食べ方、驚異の味に秘められた栄養の秘密とは?

フナムシだけは苦手だけど、夜中に風呂場やトイレで触覚をピクピクさせたカマドウマに遭遇することに比べたら、まだマシ。
フナムシは臆病ですぐに向こうから蜘蛛の子散らすように逃げていくけど、カマドウマは根性座っていて逃げていかないから目があったら我慢比べになる。
ちなみにフナムシは網で上手に捕まえたら釣りの餌になる。和歌山筋の御本尊様は一緒にサーフィンしたとき、先にあがって堤防のエトラに腰掛けて釣りをしていることがあるけど、事前にエサを買っていないときにフナムシを餌にして釣りをしていたのを見たことがある。

金融機関の融資審査を人工知能がやる時代に!

完全な共産主義計画経済の成功は、AIの進歩によって可能になるかもしれない。
意思決定から情実・縁故・感情を排除しなければ共産主義なんて成り立たないからな。

「Oculus Rift Crescent Bay」体験レポ―ト--仮想空間を自由に動ける最新プロトタイプ
現実世界に3Dホログラムを重ねて表示する「Windows Holographic」とヘッドマウントディスプレイ「Microsoft HoloLens」をMicrosoftが発表

ホログラムの上にホログラムを重ねなくてもええと思うが。

関連:ホログラフィック宇宙 J. D. ベッケンスタイン(ヘブライ大学)

関連:重力は幻なのか? ホログラフィック理論が語る宇宙 J. マルダセナ(プリンストン高等研究所)

AI応用はどこに向かっているのかをざっくり整理する~人工知能ブーム再燃の真実(その2)

台風発生 2週間前に予測する技術を開発 東大・海洋研


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

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量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
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「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
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「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
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理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日のネタオチ

明治大学が完全否定した「144億円損失」デマ——拡散させた人は罪に問われるか?

イスラム学者・中田考氏「身代金ではなく、イスラム国の支配地域を支援する形で2億ドル払おう」とテロ支援を呼びかけ

反日・民主党機関紙中日・東京新聞がやっちまった

【ISIS】2chの提案「民間人2人と元総理大臣1人と人質交換と言うのはどうだろう?ISISも日本国民も納得の条件じゃないか。」
【朝日新聞】高校の教科書3点から「従軍慰安婦」の記述削除 事実をなぜ削るのか 日本の負の歴史・慰安婦問題はきちんと教えるべき 論争のあるテーマを避けて通るな

反保守反動情報サイトリテラさん「戦争犯罪を否定する“歴史修正主義者”産経が「ユダヤ」の抗議に全面降伏した理由m9(^Д^)プギャー」

「結婚してなければおっぱいは彼氏のものですよね」 京都新聞、「乳房ツイート」大ヒンシュクで謝罪、削除

おっぱいには希望が入っている。圓

小説「タイタニア」が27年目で完結・・・田中芳樹の未完作品はどんあだけあるの?

書き散らかしでは佐藤大輔の方がひどい。
皇国の守護者の新刊がようやく出るようだが、

完結に至ったシリーズ作品は『征途』と単発作品の『平穣クーデター作戦』だけ。
レイテ沖海戦で栗田艦隊が反転せず勝利してマッカーサーを殺してしまって、その結果米帝の対日戦スケジュールが大幅に狂ったあげく日本が分断国家になり、共産化した北日本の核開発を契機に勃発した祖国再統一戦争の結末が最終巻。
南北に生き別れた戦艦大和の艦長代理の子孫(名前が守と進)で、息子の名前は輝ではなく輝男というF14トムキャットのパイロットで嫁の名前が未沙ではなく美咲っていう『征途』の構成はオタの極致としてすばらしい。
『平穣クーデター作戦』も面白い。金正日をクーデター起こして抹殺するのが日本から拉致されてきた横田○○○さん(ピー)と思われる女性と朝鮮人の旦那さんのハーフの息子・・・。

坂上忍も在日韓国人だったことが判明!!!

朝日新聞の誘導アンケートを見て笑ってしまった

【悲報】中東のTV局アルジャジーラ、「#ISISクソコラグランプリ」を紹介 これで中東中に知られてしまったな…


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日の健康オチ

大学生に聞いた「将来子ども欲しい?」3分の1はNOと回答→「経済的に不安」「子どもより自分の時間」

子供がいないと寂しいぞ、経験者として言わせてもらえば。
わしと彼女さんはもう流産4回ぐらいで子供を作るのはあきらめているから、子沢山の弟のところから大学の学費を出してやる代わりに養子をもらう段取りをしているけど。
そのうえ配偶者もいないうちの妹なんて、寂しいから兄貴と死ぬまで暮らすなんて言っているぐらいだ。
子供もいらないっておめぇらどーするんだよ。そもそも生物として失格だろうが。

「長寿の秘訣は結婚しないこと、男性を避けること」。109歳の誕生日にそう語るスコットランドのおばあさん

狂牛病の「可能性高い」症例、ノルウェーで検出

【驚愕】エoチの時、女が一緒にイこうって言うけどさ、同じタイミングでイケるものなのかね?
6回ぐらい大きくイカせてまんこ洪水にして「おねがいもう堪忍してぇ」と言われてから出したらええねん。

【話題】 女のコの常識、教えます! 独身女性の7、8割は浮気経験あり!

わしは彼女さんの浮気を疑ったことはありませんが(忙しすぎてする暇がないだろ)、彼女さんは妹を使って私の帰宅時間とか怪しげな動きを全て監視しています。この非対称性が問題だと思うのです。
クリスマスなどの一番浮気をしそうな時間は妹と飲みに行かせておけば浮気はしないだろうと思っているようです。
あんたここを見ているので書いておきますが、わしがブラコン化した妹に襲われる可能性は考えていないのか?ということは言っておきたいと思います。


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日の宗主国様・属国オチ

習近平の「反腐敗キャンペーン」、次の標的は李源潮(団派ナンバーツー)か?息子が京都に豪邸を所有(英領バージン諸島のダミー企業で登録)

【湯浅博の世界読解】勢力圏を拡大する中国に「抵抗」か「恭順」か
台湾・民進党の躍進は中台関係に緊張をもたらすのか?

日本左翼「安倍はファシスト!」→韓国政府、反国家・利敵団体を強制解散できるよう法整備

韓国を見習って人権擁護法の成立が必要だと言っている連中は、こういうのも見習って欲しいですよね。


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日のリーベンオチ

それにしても今回のイスラム国人質事件をうけての日本のいわゆる左翼系の方々の言動にはあきれさせられました。

クロネコメール便を廃止するヤマト運輸、プレスリリースに思いの丈をぶつける

飛脚メール便はどうなるんだろうね?

【イスラム国】 山本太郎参院議員 「安倍首相は2億ドルの人道支援を中止し、人質を救出しろ」

【笑撃】自衛隊の元レンジャー(同級生)と鬼ごっこした。音も無く忍び寄り、瞬時に捕獲される…本物はレベルが違ったww

日本の不動産取引で近年は台湾人富裕層の存在も目立つようになってきているが、中国・台湾人向け不動産販売支援サービス「世界」がまとめたアンケートによると、すでに2割がが日本不動産への投資を行っており、東京の希望エリアは千代田区、港区などのステータスエリアか、中央区などの湾岸エリアだった。また、投資理由としては、日本が好きなために将来の日本居住を含めたものが最も多かった。

中国人観光客のマナーが日本各地で問題になっている

バブルの頃、日本人が海外旅行に行きだした時もたいがい酷かった。
飲む打つ買う。農協の旅行や社員旅行のマナーの悪さは酷いものだったよ。
中国人もそのうち日本人並みに民度が上がるだろう。人口が多いから時間は30年ぐらいかかるかもしれないが。

国宝・重文 180点が行方不明に 盗難は33点 文化庁

「オワコン」労働組合と決別できず。イメージ刷新に大失敗した民主党で「期待」するなら、あの議員

といっても、民主党から労働組合を取ったら選挙のポスター貼りや自動車運転、ウグイス嬢派遣、電話かけ、ハガキの宛名書きなんかをしてくれる勢力がないわけ。
自民党の場合、予算が潤沢で利権配分が機能していた構造改革路線が始まる前は、そうした仕事は地方の建設会社、特定郵便局、医師会などがしてくれていた。しかし、経済成長が止まり、自民党がみんなハッピーになる利権分配ができなくなったため、こうした機能を引き受けていた業界団体は力を失い、野党に転落したこともあって自民党はますます弱体化していった。
そこに現れてきたのが創価学会・公明党だ。無料でこうしたボランティアをしてくれるのは彼らしかいないからだ。
一方で民主党にはそうした戦闘力を持った宗教団体の支持はない。口先で支持しているという宗教団体はあるが、せいぜいはした金を出して教団の広報誌に民主党の推薦候補を掲載するぐらいのものだ。
だから民主党は労組から離れられない。
そして小選挙区の支部を支える地方議会の議員数が脆弱なことがますます労組と特定人権団体依存に拍車をかける。
地方議会で議員として当選している民主党公認の市町村会議員なんて田舎では大きな雇用先である市役所の公務員労組の支持を受けているか、大企業の工場がある市町村なら労働組合の支持を受けているか、同和地区を抱える市町村なら特定人権団体の支持を受けているかいずれかしかいないからだ。
つまり、民主党はどうがんばっても左へ曲がるベクトルを組織として持たざるを得ないのだ。

【ISIS】240億円の難民支援をやめろ!イスラム国へ謝罪と賠償し人質解放せよ!地球市民有志による反アベシンゾー官邸前デモ開催される

民主党が公式Twitterで「日本人2人の殺害が公表された」と発言し撤回、ネット民呆れる「ミンスは何もしないで」

【北星学園】落としどころはどこか、それはいつか。

マイナンバーに640億円の予算計上!徴税強化、給付抑制に利用

在日外国人にも割り当てられるマイナンバー、一方で10年以上「住所不定」を貫き通している日本人と、10年以上「外国」にいる日本人には割り当てられない

このいわゆる国民総背番号制ですが、国税当局は悲願としてきました。名寄せによる金融資産の把握が一発でできるからです。(無記名金融債の廃止や国債などの債券の電子化によってほぼ完全に)
今後は個人所得税や相続税を脱税したいなら、もう山に穴掘ってツボに金塊でも入れて隠すしかないでしょう。
ですが、長年これが成立してこなかったのは、貧乏人しかいない共産党を除いて与野党ともに反対してきたからです。
金持ちの中小企業経営者や財界人や医師などの支持を受ける自民党はさておき、民主党にもいわゆる人権利権で表に出せないものを持つ日本人資産家って多いんですよね。
あと社民党や民主党を支持する名前が幾つもある在日外国人の反対。
まぁこれが通るようになったということは、財政が逼迫してそういう連中をもう甘やかしてはいられないという理由もあるのでしょうけど、公平性の観点からこれを押し通しても、もはやそれに反対できないぐらい与野党の様々な支持団体が弱体化しているという面も見逃せないでしょう。
和歌山筋のメンバーの人権NPOの幹部なんか、大反対ですからねぇ。


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。

本日の相場・経済オチ

2ch株式板のラップバトルwwwww

野村證券が若手を中心に給料アップを実施!初任給で23万円に到達!

関連:野村證券の一日を記したコピペが壮絶過ぎる。

関連:野村證券 “詰める”カルチャーの功罪~「1年目で2~30人が辞めました。辞める人は、大半が入社1年目。“詰められて” 辞めるケースが一番多いと思います」。昨年まで在籍し、「野村の社風は好きだった」という元社員(20代後半)が、そう解説する。「人を育てる風土はあるんですが、精神論が大好きで、課されたノルマに対して、出来ませんでした、はあり得ない世界ですから…」

大学時代のダチがここの営業系の上級管理職していますが、正月休みに一緒にゴルフ練習場行ったときに「本社勤務を経験したときはここは本当に同じ会社なのかと思った。天国だった」と言っていました。だから部署にもよるのでしょう。でも社員の圧倒的多数は支店勤務の営業なんですよね。つまり採用される新卒の大部分は兵隊蟻。
でもまぁ証券会社の営業が激務って、外資・国内・会社の規模問わずそんなものどこもそうでしょう。うちの彼女さんを見ていたらそう思います。
自分の夏休みや休日に出勤している部下をわしの隣で電話で叱咤激励しているとき、口が悪いこと怖いこと。もう女じゃないもんな。
今すぐ退職願書いて机の上に置いとけとかまだマシな方で、死ねよとか、ぶっ殺すぞとか言うの当たり前だもん。

自分で銘柄選択してインデックスを上回る方法はあるのか? --- 内藤 忍

インデックス運用とアクティブ運用の違いもさることながら、存在と生活を賭けて市場と向き合っている個人投資家と、情報に勝るものの四半期ごとの運用成績でしか評価されない外国人機関投資家・自己売買と、サラリーマンの日本の機関でも違いが出て当然だと思います。
話をアクフィブ運用に戻すと、機関投資家は時価総額やら流動性やら赤字はだめやら無配はだめやらいろいろな投資制限があるため流動性プレミアムや小型株のパフォーマンス優越があっても当然でしょう。
なにしろ、情報は機関のほうが早くて詳しいですが、いくら儲けになる話を聞かされても、例えば時価総額が500億円を超える前の神戸物産をアメリカの学校法人とか年金基金は買えなかったところがあるのです。1部上場企業という基準はクリアできていましたが、過去三ヶ月の平均売買高を元にした流動性の基準と、東証一部なら時価総額が500億円未満の会社は投資できないと決まっていたら、指を咥えて見ているしか無いわけです。
だから株式市場にはバリューとプライスの裁定をとることができる余地がいくらでもあるのです。アクティブ運用でインテックス運用を上回ることができないなどというのは戯言・寝言の類です。

バス・トラックに車線逸脱警報装置の装備を義務付け

朝香先生の新刊の通りになってきたな。

プロスペクト年初来高値更新しイナゴタワー2完成!とおもいきや一転ナイアガラ。岡本教祖様の名声高まる

宮入バルブとかいう水素関連銘柄に投資したら暴落し始めたんだが…。

朝香先生の新刊を読んでいなかったのだろう。

自民党とANAの圧力の前にスカイマーク航空社長のベンチャー魂は「風前の灯火」

ユニ・チャームなどが技術革新 大人の紙おむつ最新事情

朝香先生の主力銘柄の関連記事です。

ネットスーパー 大手参入も物流コストの壁高く消耗戦が続く

ネットスーパーなんて都市部で使っているのは想定していた高齢者ではなく、車がない高層マンション住んでいる若い世帯だよ。米とか飲料とか重いから。
高齢者だけの世帯はネットスーパーではなくコンビニに移行しているし、ネットスーパー使うような必要性がある世帯は昔から家まで届けてくれる生協使っている。

伊藤忠が中国国有企業に投ずる6千億円の行方:泉ユキヲ

2305 (株)スタジオアリス

年初来高値更新でございます。ありがとうございます。

【速報】マイクロソフトがやってくれた!!Windows10へアップグレードが無料!!!

黒田日銀がサウジアラビア政府にお灸を据えられて涙目

取得物件が選りすぐりのゴミ箱みたいだと不動産界隈の人たちに鼻で笑われる日本リート投資法人


死んだ父が理系出身だったので、わしを理科好きにするためにクリスマスのプレゼントに買い与えられたのですが、わしは全然これに興味を示さず、むしろ妹がこれを使って毎日色々作って遊んでいました。
そのせいかわかりませんが、妹は中学時代から電気いじりが大好きで、日本橋に親父と行っては色々部品を買ってきては真空管アンプなどを作り、国立大学の工学部電気科に現役で入ることができました。
先日復刻版が販売されているのを見つけて、ああそういえばこれ妹が大好きだったなぁと思い出しました。
小学校高学年から中学生お子さんを理系好きにするのにいいおもちゃだと思います。

↓この読者レビューが秀逸
量子論は、ニュートン以来の古典理論と異なり相反するレベルの存在を許す。, 2015/1/17

著者は、インド出身の量子物理学者でありヒンドゥーの教えを知悉している。
プルシャ(可能性領域=無形領域=無時間=過去・現在・未来の同時存在=確率的)及びプラクリティ(あらゆる事物に展開できる可能性=物理的原理=時間・空間の領域)である。
それは、仏教(禅)とも通底する。
無形領域は、「空」、「空性」でありこの二つの関係性を縁起(原因と結果の相関性)という。
ニュートン的思考では、その物体の一つの側面しか見ることができないが無形領域を視野に入れると多くの側面を同時に処理することができる。
公案に、「隻手の声」というのがある。一方の手は、無形領域にある。
道元は、「一方を証するときは一方はくらし」といった。
無形領域は、隠れているが私たちが「観察する」(=対象化する)とき事物が粒子として場所が特定される。「収束」して顕れる。空色同時現成である。
「波」は、拡がることができ同時に二つ以上の場所に存在することが可能である。
「粒子」は、一つの定まった場所(時空)に存在する。
「波」は、無形領域に存在しそこは時間・空間がなく過去・現在・未来が同時存在する。
「粒子」(=物質)は、現実の世界で時間・空間・経過する時間の物理的原理が支配している。
無形領域に於けるコミュニケーションは、媒介物を必要としない。非局所性(=前後の関連性がない)であり瞬時に起きる。その領域は、ワンネス(=一)である。
ニュートン的思考とは異なり量子論・禅は、二つの相反するレベルの存在を許す(=双対性)。
量子的跳躍と「悟り」は似ている。
そこに至るには、一方でフォーカスし同時に直観・感覚が開かれている必要がある。
ものごとが連続して見えるのは、私たちの「予測の産物」にすぎない。
私たちの時間・認識・記憶も、ニュートン的思考の産物である。
生命は、無限の可能性領域(=無形領域)から自己創出(オートポイエーシス)により生まれた。
同時に生まれた環境(非生命)は、それを持たなかった。ワンネスは、経験するためそこから分離してこの世を創った。
生命(含む単細胞)誕生以前は、可能性領域のみで時間・空間はなかった。
なので、生命誕生以前(ビッグバン以降)の歴史(時間・空間)は後付けで作られた。ビッグバン以降がなければ生命誕生は有り得ないからである。マイクロ波背景輻射は、ビッグバンの記憶といえ私たちはそれを見ることができる。
生命は、無形領域と物理的世界を繋いでいる。
ニュートン物理学では、月はいつでも具体物として存在しているが量子物理学では、毎瞬毎瞬月は存在しているわけではなくその可能性だけがある。「観察」しないと「収束」しないのである。私たちは、無形領域を出たり入ったりしている。ただ、現実が記憶・予測と余りにも近いので連続しているように見えるのである。だが、何もかも常に変化しているのだ。
ゴスワミ博士は、無我の境地を「量子的自己」と名付けている。
ダイナミックで固定化されていない<わたし>である。それが何であるかは定義できない。
創造的・非連続的・共時的・総合的・ノンローカル・トランスパーソナルで循環する階層である。参考までに、日常のわたしは、論理的・連続的・決定論的・線形的、ローカル・個人で単純な階層である。
「感情」は、思考のなかの観念や思い込みの影響即ち脳によって「五感による感覚」に意味づけされたものである。五感+意味(思考)の産物なので元々の純粋な五感感覚に敏感でなければならない。
「感情」にもビッグバンののような歴史がある。それは、時間を遡って「収束」したものである。
盛り沢山であり、この辺りで止める。
私たちは、ニュートン的世界観の中に住んでいる。
僅かに、仏教(禅)が「空」、「空性」をいうが禅は、説明を嫌う。
なのでそれは、理屈ではなくなんとなくわかるレベルにすぎない。
ゴスワミ博士の、「空」「色」の関係を「量子論における波でもあり粒子でもある」という説明は、極めて論理的で腑に落ちる。
理論は、進歩しても古人の直観は確かそうだ。